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『お父さんに殺された女の子、娘を殺してしまったお父さん』(前編):フィンランド子育てエアライン002

[連載]
フィンランド子育てエアライン002

モイ!

今回は重い話です。

フィンランドの父の日は11月の第2日曜日。
去年の11月、父の日の翌日の月曜の朝、子どもたちが学校で勉強を始めた頃に事件は起きた。
場所はポルヴォーの街のど真ん中、夏には薔薇が咲き乱れる美しい公園。
近所の親子が柵で囲まれた遊具のある遊び場に集っていた。

どんな異様な状況だったのか、いまだに想像できない。

午前中、息子を保育園に預け家で仕事をしていた私に、珍しく夫が電話をかけてきた。
ポルヴォーで事件があって、女の子が亡くなったのだと。
私は近所で物騒なことがあったもんだなと、息子が小さいから気をつけろという意味かな?と思っていた。

昼ころ、近所に住む友人からメッセージが来た。
ポルヴォーで殺傷事件があったのだと。フランス人の父親が3才の娘を刺したのだと。

「まさか。」

胸がざわつき始めた。

慌ててネットで情報をひろう。
ニュースでは「フランス人の40才前後の父親が娘を公園で刺し、3才の少女が命を落とした」と報道されている。

彼は、ルイは、もう40になったんだっけ…?私といくつ離れてたっけ…?
あの娘は、マリアはもうすぐ4才になるんだって、先週会った時にアンナがそう言ってた…

パズルのピースがパチパチとはまっていく。怖い!
私はすぐに夫に電話をした。
彼は言った。

「いまちょうどアンナから連絡があった。『マリアが亡くなった』」

心臓がバクン!とした。
一瞬、意味がわからない。
私のフィンランド語の理解力が乏しいんじゃないか?

「どういう意味!」
「俺にもわからないよ!」

ガツンという衝撃にやられてソファーにどっと倒れこんで泣いていた。嗚咽が止まらない。
マリアが亡くなった!亡くなった!亡くなったってどういうこと
先週会った時は笑ってたのに。息子と一緒に写真撮った。プレゼントした童謡の絵本、すごい喜んでた。
息子がマリアのベッドにお菓子をばらまくのを、嫌がってた。
声とか表情とかしぐさとか、心を駆け巡っては涙を押し上げてくる。

とにかくすぐ家に戻るという夫。
一緒に花を買って公園に行こうということになった。
私はいったん落ち着いたのでメッセージをくれた友人に連絡して、出かける準備をした。

ーーーーーーーーーー

私の住む街ポルヴォーは人口5万人で、そんなに大きくない。
観光名所のオールドタウンと、メインストリートを挟んで中央バス停と広場、必要最低限のスーパー、銀行、本屋などがあるシンプルな街並み。
私はフィンランドで過ごして約4年、ポルヴォーに引っ越して約1年半になる。

事件の父親ルイは、私が最初にフィンランドに来た頃にポルヴォーで出会った友人で、
日本に興味があるフランス人がいるよと、共通の友人に紹介を受けて知り合った。
ブレイクダンスをしていたというきれいな体躯と、ちょっと甘くてカッコイイ無邪気な笑顔と、フレンドリーで素直な人柄。
困っている人がいれば積極的にサポートするし、街で出会えば「最近どうよ」と急いでいても立ち話。

そんな彼には大好きな彼女アンナがいた。
アンナが日常的にあいさつで別の男性とハグするときは、胸があったてるのが気になって嫉妬するんだと、ルイは話してた。
2人はフランスで出会って、パリでの同棲期間も長かった。
2011年に拠点をフィンランドに移して、ルイはフィンランド語の勉強を始めた。
あっという間にフィンランド語の基礎を習得したルイは、ホテルでボーイの仕事をしていた。
ポルヴォーでフランス語の教師をするアンナとは、家での会話はほとんどフランス語だという。

そんな2人が新しい命を授かった。
2人の間に生まれたマリアは、もう目玉が今にも顔からこぼれるんじゃないかと思うくらい目が大きくて、
ルイのチリチリの黒髪をそのままそっくり受け継いでいた。
ルイは黒人だが、私の友人の幼い女の子が「お母さんが白でお父さんが黒だから、赤ちゃんは茶色だね!」と、
何かを発見したように嬉しそうに言ったのを覚えている。子どもはスゴイ。

私たち家族がルイ家族に会う頻度はそんなに多くなかったので、会うたびにマリアの成長が楽しみだった。
ぎゃはははと大声で笑う元気な女の子。いつもチリチリの髪を振り回して走ってた。

ーーーーーーーーーー

家に帰ってきた夫はコートを脱がず、私たちはすぐに車を出した。
途中、お気に入りの花屋さんに寄ってキャンドルと小さなハート型のボックスアレンジを買って公園に向かった。

公園に着いたら、足がすくんでしまった。
嗚咽がこみ上げてくるのを抑えられない。
遊具のある柵の入口の前にびっしりとキャンドルが置かれている。ぬいぐるみもちらほら見える。
アンナの友人なのか、それとも通りすがりの人なのか、若い人からお年寄りまでたくさんの人がキャンドルの群を遠巻きに見つめていた。
牧師らしき中年の男性と、報道用の大きなカメラを三脚に立てた若い男性もいた。

家を出る前にカバンにマッチを放り込んであった。
嗚咽が落ち着いてから、キャンドルに火を灯して、花と、夫の手作りのアルミの星を柵の横に飾った。
マリアはここには居ないのに、みんながここにキャンドルを置きに来るのがいささか滑稽にすら感じた。

息子を保育園に迎えに行って、家に帰ってごはんを作って食べ終えてから、
私たちはいつものようにテレビのある居間に移動した。
ニュースの始まる時間だった。

衝撃的な事件は全国トップニュースのひとつに取り上げられた。
さっきの公園が映し出されている。キャンドルがますます増えて光の池のようになっている。

事件の衝撃波はフィンランド全国を駆け巡り、多くの母親の心を痛めた。

無抵抗の小さな子になんてひどいことを!
被害者のお母さんのことを考えると心が押しつぶされそうだ!
どうしたら子どもを守ってやれたのか!

国営放送のサイトには、全国からのやり場のない声を受け止めるべく設けられたコールセンターの電話番号が掲載された。
ゴシップ紙は紙面より先にインターネット上で事件当日の現場の詳細や、容疑者の父親の詳細を暴いていった。

報道ではだれもが被害者の女の子とお母さんに心を寄せた。
父親は娘を刺し殺した凶悪な犯罪者でしかなかった。

でもルイは私たちの友だちだ。
彼がどんな顔をしてマリアを刺したのか全く想像できない。
でも彼が苦しんでいた背景を私たち夫婦は知っていた。

そこには実にさまざまな事情がこれでもかこれでもかと複雑に絡み合って、
とても難しい状況があった。

彼も助けが必要だった。

そして誰も助けられなかった。

重い話、次回に続きます。
ナハダーン!

※登場人物は仮名です。

Text by : Haruka

2012年フィンランドに8ヶ月間留学し、2015年に移住
2児の子育て、デザイン、写真、買い付け、ガイド、国際交流のお手伝いなど
できることは何でもしまっせ

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