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『1輪の花が1万本の花畑』:ファンタジーガールのワンダーランド007

[連載]
ファンタジーガールのワンダーランド007

ファンタジーガールのワンダーランド創世記、つまりKaoちゃんのワンダーランドが構築されていく最初の時代は、けしてファンタジーな楽しい世界だけではなかったのであります。地球が生まれた歴史も、まずは宇宙のはじまりのビックバーンからはじまり、宇宙を漂う塵やガスが集まって、星々となり、星々がぶつかり合って惑星となった。地球という惑星では、ドロドロのマグマに覆い尽くされた地表から水や緑の生命の息吹が誕生し、生き物たちが生まれて進化の大躍進へ辿り着くまで、あらゆる偶然と必然が重なり合う時間が途方もなく流れたわけです。
生命と言う存在で言えば、1人の人間の命と人生もまた同じようなものだと思います。あらゆる偶然と必然の重なり合いに、自ら意味を与えることによって、私たちの世界は生き生きと輝くのです。

ファンタジーガールのワンダーランドでもまた、あらゆる偶然と必然が重なり合いながら、命の輝きが、ひとつひとつ産み出されて来ました。

ところで、みなさんに、是非、みていただきたい映像があります。これは、The National Autistic societyが自閉症の人にとって、日常の世界がどんな風に見え、感じられるのかを映像化することによって、自閉症の啓発に勤める目的で作られた’Can you make it to the end?’
と言う動画作品です。

この作品は、自閉症の人たちが、ショッピングモールへ出かけるという言うことだけでも、どんなにか大変な想いをしているかを伝えてくれる映像です。様々な物の見え方や音の聴こえ方に特質を持っている彼らの世界は、切迫していて、常に情報が溢れており、恐いものに囲まれているようです。だから、こうしてパニックに陥ってしまう…。

これが事実であり、多くの当事者が、辛い日常を暮らしていると思います。まさに、この動画の言わんとすることを私たちは、しっかりと念頭に置き、理解を示していくべきだと思います。

一方で、私は、この動画が別の事柄も私たちに示してくれていると感じるのですが、みなさんは如何でしょうか?私には、Kaoちゃんと寄り添い続けた7年の中で、この動画の示していることの逆説も読み取ることができます。

そこで、みなさんにお尋ねいたします。

Q. あなたはこの映像のような恐い世界に生きる彼らの大変さを感じると思いますが、それが=可哀想で救いようのない不幸だと感じますか?

うーん。ちょっと質問を変えましょう。

Q. そもそも、こんなふうに世界が見えるのは、暗くて恐いことだらけ以外のなにものでもないのと感じますか?

如何でしょうか。

私が、この映像を見た時の素直な最初の感想を言わせていただきます。

「すごいな!」

っという一言だったんです。

不謹慎かもしれませんが、素直な感想です。
誤解していただきたくないのは、自閉症のみなさんの見ている世界を軽んじていると言う意味で思ったことではありませんし、私は実際にパニックを頻発する乳幼児期のKaoちゃんと向き合い続けてきました。

立場は違いますが、私は、自分自身も骨形成不全症という難病の中で生きて来た。その中で、感じて来たことがあります。
それは、『私のような人を見て、「不幸だな、辛いことばかりで可哀想だな。」と感じる人がいたとしたら、それは私のような体験をしたことのない無知な人の考え方だなぁ。』という…究極のオプティミスティック理論です(笑)言い方がキツイと思いますが、そのぐらいの楽観的な気持ちで生きていると言う事です。

だって、人間は自分の体験でしか物事の本質を見抜けないことが多々あるのです。私のような人は不幸かどうか、体験してみた人にしかわからないので、誰にも『不幸』だとは言えないのでは? …実際のところ、私は自分の生きたいように生きて、家族を持ち、音楽活動もし、料理や家事もする。子育てもするし、車だって運転して首都高だって走ってしまうのですw
もちろん苦労は絶えませんが、もはや、その苦労に潰されたりはしないのです。
強いて私が自分の境遇について、主張したいことがあるならば、「可哀想」と言うより、「頑張っている。」と言うことだけ。

ですから、このような自閉症啓発の映像を見た時、確かに大変な想いをしながら生きている彼らの闘いについては、胸が痛み、想いを少しでも解りたいと心から思います。そして、自分自身も当事者の家族として、娘が生きやすい世の中を望んでいますし、外で不意に困ってしまった時の周囲の刺すような視線を理解と見守りの眼差しに変えて行けたら、どんなに素晴らしいかと感じる。
でも、一方で、全く違う視点からの意味深き可能性も、みなさんに知っていただきたいと、私は思うのです。

彼らは、このような世界にいることで、誰かと比べて劣っていたり、可哀想な状況を生きている訳ではありません。むしろ、私たちよりもある分野に於いて遥かに優れており、心が豊かで多感に物事を感じ取り、美しい世界の中を純粋に健気に生きようとしているのです。

こんなに、鋭く鮮明に、あらゆるものを感じ取り、情報に溢れた思考回路で日常を体感しているなんて、素晴らしい能力ではないか?もしも…、もしも、彼らが何らかのきっかけやサポートを受けることで、この能力をフルに活用し、なおかつ、それを楽しみ生きることができたら、それはすごいことなのでは?!
この研ぎ澄まされた感覚があれば、1輪の花でさえ、1万本の花畑へ通じるかもしれない。線香花火さえ、隅田川花火大会より壮絶な美しさに感じるかもしれないのです!

…っと、私は、勝手に妄想して思ってしまうんです。
私のこの発言で、当事者の皆様の中には、傷ついたり、苦しむ人もいるかもしれません。そんなことを想うと、本当に心苦しいです。ただ、軽んじて想っているわけではありません。私には、Kaoちゃんが楽しみを感じている瞬間の最高の笑顔が頭に浮かぶがゆえ。視点を切り替え、娘を理解することこそが、時に人生の大きなヒントや助けになることもあるとお伝えしたいだけなのです。

私の仮説に過ぎませんが、Kaoちゃんは、生まれたばきりの頃、おそらく、この映像のように、鋭すぎる感覚がもたらす情報により何もかもが恐ろしいものに見えたり感じたりすることで、激しく泣き続ける=パニックに陥ると言う連鎖を繰り返していたと思われます。何もかも、はじめて見る世界が、こんな状況では、ショックだったことでしょう。

しかし、仮にそうであるならば、私は、Kaoちゃんに、この世界を出来る限り乗り越えて、楽しめる人になって欲しいのです。生きている以上、避けられない困難はあります。楽しいことばかりではないでしょう。しかし、今の段階では、万能薬は存在しないのです。だからこそ、自分自身の中に備わってある、1輪の花を1万本の花畑に変える力を信じきって生きて欲しい。
それこそが、あなたのファンタジーガールズ ワンダーランドなのです。

さて、
Kaoちゃんが初めて、公けに発達の特異性を指摘していただき、発達専門外来へ辿り着くことが出来たのは、市町村の1歳半検診の時でした。1歳半検診は…地獄絵巻でしたw
服を脱がされたKaoちゃんは、知らない人に体を触られて、あっと言う間に号泣です。検診のあいだ泣き続け、さらに別途、別室へ呼び出されたあいだも泣き続け、自宅に帰る途中に気絶したように眠るまで泣き続けました。何時間泣いていたかわかりません…。
とにかく、2歳になる直前の春に、市の発達専門外来がある指定病院へ受診するように手配していただきました。

春になり、初診。
これがまた、地獄絵巻(笑)
診察室の扉を開けて、目の前に見知らぬ先生たちが立っていた…それを見た瞬間に大号泣です。
大号泣と言っても、もう、床にひれ伏した状態で、「私は今からガス室に送られる!」とでも言わんばかりに怯え、大パニックでした。

結局、初診は先生のお話すら泣き声で聴こえないような状態で、何やら2カ月後くらいにまた来てね的なことをおっしゃっているのかな??はて?って言うくらいしか内容がわかりませんでした(笑)

このような状態からの初診スタートでしたが、以来、病院ではKaoちゃんのことを本当に真摯に真心で診てくださり、また、4歳以降は素晴らしい内容で月に一度ずつの言語療法と作業療法の療育を行なってくださいました。
本当に、素晴らしい先生方に巡り会え、お陰様でKaoちゃんはみるみる成長することが出来ました。

しかし、病院で行なっていただけることだけが、全ての療育支援ではありません。むしろ、病院で献身的に診ていただき情報を得られるからこそ、もっとも療育支援として力を発揮すべきなのは、日常の生活に直結した家庭と言う場所であるとも言えると思います。三つ子の魂 百までとはこの事なのか、産まれた瞬間から始めることのできる支援は家庭に存在しているのです。

私は、お伝えしてきたように、Kaoちゃん専属コロボックルとして、家庭で行える最上級のリハビリを目指してきました。ありのままのKaoちゃんと生きる、そして、より良く生きるための挑戦を続ける。それが、私たちにとってのリハビリです。
その方法は、ひょっとしたら、一部、コロボックルの主観による独創的テクニックに過ぎず、専門の先生方からは、お叱りを受けてしまう内容かもしれません。
それでも、私にとっては智慧を絞りに絞りきってきた行動の全てです。

コロボックルに悩みや苦労はあっても、もはや迷いはありません。
私は、Kaoちゃんと過ごす日々を鍵がたくさんかかった宝箱を開けるような日々だと思っています。手当たり次第に、鍵を突っ込んでいく、ピッタリとハマる鍵さえ見つける事ができれば、中から凄まじい可能性の宝がザックザックと溢れ出してくるのです。
大切なことは、中身が宝だと疑わないことであります。

楽しい。
やり甲斐に満ちている。
難しいからこそ、成長の喜びは、2倍にも3倍にもなる。

Kaoちゃん、ママにこんな素敵な日々をくれて、ありがとう!

次週、〜解明せよ!宝箱の開け方❤︎〜をお届けします!…たぶん❤︎(笑)

みなさん、4月2日は、世界自閉症啓発デーですよ〜❤︎

Text by : Aki
姉妹デュオグループSAKURANBOで活動中のシンガーソングライター
ワンダーランドで就業中の車イスUserママ(先天性骨形成不全症)
https://www.facebook.com/sakuranbo.music.info/

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