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『移ミン、難ミン、地球ミン(前編)』:フィンランド子育てエアライン007

[連載]
フィンランド子育てエアライン007

モイ!

前回ヨユウのない記事を書いてから約2週間、次男はほぼ回復したものの、私は変わらずバッタバッタと過ごしている今日このごろ、フィンランドは5月というのにすっかり夏日が続いています。先週は桜も咲きました!

私たちは久しぶりにシリア人の友人、ナディア宅を訪ねました。

去年、ナディアと知り合った時、彼女はまだ29才で0~7才の5人の子どものお母さんでした。一番下の子はフィンランド生まれ。3年くらい前に旦那さんと子どもたち家族みんなでシリアから脱出してきた難民です。

いま、ヨーロッパへのシリア難民の流入は落ち着いたとされています。
当時EU内では、どの国に何万人入ってきて困ったとか、船が沈没して何千人行方不明だとか、不安なニュースが毎日毎日報道されていました。
その頃、日本に一時帰国した時に、シリア難民に関するニュースはテレビではほとんど見かけないし、新聞でも小さな記事しか掲載されていないし、ヨーロッパとの問題意識のギャップに驚いたことを覚えています。

私たちの住むポルヴォーにも難民センターがありました。
大きな介護施設に使われるような建物まるまる難民の居住施設になっていて、入り口に守衛室があり、入り口付近の屋外は柵で囲まれていました。
一度行ったことがあるけど、大人たちは玄関で警戒してこちらを見つめ、子どもたちはキラキラした目で手をふってくれた。
それも確か2年くらい前に急に無くなってしまいました。
市の財政難によるのか、市民の反対によるのか、知らないけれど。

ところで、私はナディアとどのように知り合ったのか。
今回はその話です。

去年の春のこと。
夫がFaecbookで、「Ystäväksi maahanmuuttajaäidille -toiminta」のレクチャーのイベントページを見つけて、「これHarukaにぴったりじゃない!」と言って参加を勧めてきました。

これは英語にすると「be a friend for immigration mothers -action」で、いい感じの日本語にするのが難しいけど、「移民のお母さんと友だちになろう!活動」というところです。MLLというNPO法人が運営しているプログラムです。

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●MLL(Mannerheimin Lastensuojeluliitto)のサイト(英語)https://www.mll.fi/en/ 団体名は英語で “The Mannerheim League for Child Welfare” “マンネルへイム児童福祉連盟” 。MLLのはじまりは1920年で、1930年代には Imatra(北の端)まで524の地域に広がっていたという。当時は人口約300万人中100万人が15歳以下で、10人に1人は亡くなっていたらしい。それを改善しようと立ち上がった団体。
各地域にある親子が集う場所(Perhekahvila 家族カフェ)を運営しているのもこの団体。
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そもそも私自身が「移民の母」ですが、”移民の母親の友だちになりたい”側のレクチャーに参加しました。(笑っちゃうけどその場に行くまで“フィンランド人の友だちを紹介してもらえる”側のためのレクチャーだと思っていた)

フィンランドには63カ国からの移民がいて、その中でも子育てをしつつ家にこもってしまう女性が多いそうです。彼女たちは語学を学習するする機会も得られないし、フィンランドの文化を学ぶ機会も少ないし、フィンランド人の知り合いもいない、という状態。
そんな女性たちに、移民のお母さんと友だちになって手助けをしたい!というフィンランド人女性を紹介し、社会に出る勇気を与えるため(他にも理由は多々ある)のサポートするプロジェクト。
フィンランド人と移民のマッチングサービスのようなものです。

「移民のお母さんと友だちになろう!活動」は2011年に始まって、各地域に広がりつつあります。ポルヴォーでは昨年2016年に始まって、その年は約20組の友だちカップルができたそうです。その数字が多いのか少ないのかはよく分かりません。
そして、補足しないといけませんが、このプロジェクトの参加者は女性限定です。男性の参加も将来的には前向きに検討するらしいです。

レクチャーは、申し込み者10名のうち参加者は5名(うち2人遅刻)という何ともフィンランドっぽい大らかな雰囲気で始まりました。コーヒー紅茶ちょっとしたおつまみ(オープンサンドとケーキとビスケット)付き。

レクチャーでは、MLLのコーディネーターから、
・MLLについて
・どういう心構えでいればよいか
・どういう問題が起こりうるか
・レクチャー後どのようなスケジュールで進むか
・どういうイベントが開かれるか
などのプロジェクトの説明に加え、
・まだ言語(フィンランド語、スウェーデン語)を習い始めたばかり女性に対してどのように話をするか
・話のきき方の実践
・参加者同士のディスカッション
など、実践的な内容もありました。

参加者は私以外みんなフィンランド人でしたが、幼児を子育て中の若い人から退職後の生活を楽しむ人まで、実にユニークな女性たちでした。ディスカッションは目に涙がうかぶような心に触れる話し合いばかりで、すごくポジティブなエネルギーに包まれて帰宅し、その夜はなかなか寝付けないほどでした。

レクチャーに参加したことで、プロジェクトのメンバーに登録したことになります。

1ヶ月くらい経ってから、コーディネーターから「あなたに良さそうな相手が見つかりました」と連絡があり、ドキドキお見合いに行きました。

初回はコーディネーターが付き添いで、2回目以降は会う頻度も場所も私とナディアで自由に決められます。
初めは1週間に1回を目指して始めましたが、現実的に月に2回くらいになり、最近は家族が増えたりラマダンに入ったりしたので月1回くらいのペースになっています。

普通はカフェなどお互い外に出ての面会が推奨されているそうですが、私たちはナディアの希望で毎回ナディア宅におじゃましています。
ほとんどの場合、こちらも向こうも夫子ども連れでワイワイやっています。

会話では主にフィンランド語を使うようにしていますが、なにせナディア夫婦はフィンランド語はまだまだ片言なので、2回目に会った時ですら互いの家族のメンバーの名前(表記も)と年齢を確認するので精一杯でした。

回を重ねていくと理解し合えるフィンランド語も増えて、心も打ち解けあって来て、最近は、体重が増えたとか抜け毛が気になるとか、そんな話もできるようになりました。
ナディアはこのプロジェクトはネウボラで紹介されたと言っていました。

何となくフィンランドにやってきちゃった私と、
生まれた国を去らずにいられなかったナディア。
境遇の違う同年代の外国人女性2人がいまポルヴォーに住んでいます。

ナディアの家族にシリアでどんな苦境があったのか、実はとても興味があるのですがまだ聞けずにいます。ただ、一度、彼らの友だちで英語が堪能なシリアの家族と話をしたことがあります。

この話の続きは次回。

では、ナハダーン!

※登場人物は仮名です

Text by : Haruka

2012年フィンランドに8ヶ月間留学し、2015年に移住
2児の子育て、デザイン、写真、買い付け、ガイド、国際交流のお手伝いなど
できることは何でもしまっせ

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