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DJ NOAH VADER:My Music Life 010

My Music Life 010

皆さんこんにちは。

ライス兄弟の弟、音楽の趣味が月単位で入れ変わる方のノアです。
これだけだと「?」となると思うのですが、ようは、しばらくアゲ目の音楽を聴いてると、静かで優雅な音楽が恋しくなりジャズやクラシック、モダンなピアノ曲を一定期間聞いて、その後またダンスミュージックが恋しくなり、アゲ目の曲を一定期間聞く。その繰り返しをこの7年くらい続けています。
でもそんな習性で困るのが、1週間後にDJ出演が決まっているのに、静かな曲の波が来た時。もう、ダンスミュージックなど聞く気もなくなって、「もうDJプレイは全部モーツァルトで良いかな…」なんて考えてしまう始末。
まぁ何やかんや仕上げていくんですけどね。ご安心を。

さて、なぜこの話を今回したかというと、今まさに静かな曲の波が来てるからなのです。
皆さんもそうじゃないですか?
思えばこの連載、ここ3、4回激しめの曲でした。
ここで一旦落ち着きましょう。

クラシックで。

というわけで、今回のNOAH VADER’s RECOMMEND!!!

ラヴェル – “亡き王女のためのパヴァーヌ”

聴いていく内に自然と力が抜けてくる感じがしませんか?僕はもうヘニャヘニャです。軟体動物レベル。

この記事をお読みいただいている方の中には、「クラシックってほとんど聞いたことない」とか「なんか小難しいそうで敬遠しちゃってる」とかいう人も少なからずおられるでしょう。

僕も実際そんなにめっちゃ詳しい訳ではありません。だってメインはDJだもの。
じゃあ、そんな身も蓋も無い言い訳するのに何故紹介するんだって言われたら、シンプルに、美しいから。心打たれるから。
そんなもんで良いと思ってます。

さて、曲の解説をする前に少しラヴェルについてお話ししておきましょう。
「ラヴェルって誰やねん!聞いたことないわ!」って方がおられるかもしれませんが、おそらくラヴェルという作曲家の名前は知らなくても、彼が作曲した曲は絶対に一曲知ってるはずです。
その曲とは、このバレエ曲「ボレロ」。(地味に長いので待てない方は中盤まで飛ばしてください)

ね?聞いたことあるでしょう?
この超有名曲を作曲したのが、ラヴェルなのです。
彼はスイス人の父とバスク人(現在のスペインの地方名)の母の間で生まれて、フランスで活躍した作曲家でした。
19世紀後半から20世紀前半を代表する作曲家で、こちらも恐らく皆さん聞いた事がある、「月の光」で有名なドビュッシーと同時期に活躍していたことから、2人をセットで「印象派」と呼ぶ人もいるとか。

作曲のスタイルとしては、このパヴァーヌにも見受けられるように非常に繊細で美しい情緒的な曲を多く作っています。

彼は、父親が音楽好きだった為小さい頃からピアノを練習し始めて、名門のパリ音楽院に入学します。
そして、このパヴァーヌはなんとパリ音楽院に在学中に作曲したもの。この凄さを今の感覚で言うと学生起業家でしょうか。

この曲のタイトルは「亡き王女のためのパヴァーヌ」ですが、そのまま読むとよく分かりませんので、そこも少し解説を。

まずパヴァーヌというのは16から17世紀にかけて普及していたスペイン王室伝統の踊り。
そして、「亡き王女」と書くと、この曲のテーマを「亡くなった王女の為の鎮魂歌」と文字通り連想しますが、ラヴェルの解釈によると、「昔スペインの宮殿で少女だったスペイン王女が踊っていたパヴァーヌ」をイメージして作曲したのだとか。
なので、この曲にも、どこか情緒的でノスタルジックな趣きを感じるんですよね。

皆さんこの曲を聴きながら、子どもの頃の1番幸せだったひと時を思い出してみてください。グッと来ませんか?
この曲には、僕はもう入り込みすぎて号泣です。

そして実はこの曲、今回ご紹介したのはオーケストラ版ですが、そもそもはピアノ曲として作られて、発表されたものでした。
ピアノ曲としてでも十分ヒットしたんですが、ラヴェル自身と彼の周りの作曲家仲間は、「こんなん全然あかんやん!何この貧弱な曲調!物足りなくないか?!」と批判して、むしゃくしゃしたラヴェルは元々のピアノ曲を編曲してこのオーケストラ版を作ったのです。

ラヴェルのこの顔からしてそんな性格してそうですね。

ちなみにピアノ版がこちら。(04:20辺りから)

これはこれで素晴らしく美しくて、繊細さを、ある意味オーケストラ版よりも表現出来ています。

だけど当時のラヴェルはこれにむしゃくしゃしたみたいです。
僕もどちらかと言ったらオーケストラの方が音の重なり具合からして良いかな。

こうして、自分の作った曲を自分で否定したラヴェルでしたが、そんな彼には切ない逸話があります。

「亡き王女のためのパヴァーヌ」を作曲した後のラヴェルは、留学試験に5回も落とされて、しかも落とされた理由は学長不正の所為で、その後も第一次世界大戦が勃発して戦地へ赴くわ、戦地で仲の良かった母の弔報が届くわ、戦後も立ち直れないわ、世間ではジャズが流行っていくわ、どんどん人生は暗い方向へ向かっていきます。

そして極めつき。晩年になると、ラヴェルは記憶障害と言語障害を負ってしまうのです。
手紙を一通書くのに、辞書を使っても1週間かかるほどでした。
それでも彼は曲を書こうと懸命に自分の中にある音楽を譜面に落とし込もうとしましたが、それすらも出来なくなっていました。
「皆に聞かせたい音楽があるのに、書けない」と泣き崩れた事もあったそうです。

そんな、音楽すらも忘れてしまうほど記憶障害が進んだ彼はある時演奏会である曲を聴きます。そう、自身が作曲した「亡き王女のためのパヴァーヌ」です。
その時彼が言った言葉。

「この曲は一体誰が作ったんだ。なんて素晴らしい曲なんだ。」

彼は、記憶を無くし、自分の音楽すらも忘れた時、その代わりに、一度は否定した自身の音楽を真に認めて感動する事ができたのです。

彼の人生は、「亡き王女のためのパヴァーヌ」の曲の様に、美しくも切ないものでした。

今夜はゆっくりと、自分の子ども時代と、ラヴェルの人生に想いを馳せながら、この曲を聴いて眠ってはいかがでしょうか?

今回は以上です。
それでは皆さん、良い音楽生活を!

Text by : ライス趙 ノア