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DJ NOAH VADER:My Music life 018 Chet Baker – “I Never Been In Love Before”

My Music Life 018

皆さんこんにちは。

ライス兄弟の弟、オーディオ機器には妥協したくない方のノアです。DJの性分で音にはシビアに反応するというのは、おそらく僕に限ったことではないはずですが、イヤホン1つでも、貧乏なので予算は決めてはいても、実際に店舗に行って自分の耳で選び、視聴した時に気に入ってしまったら、多少予算オーバーしてでもそれを買ってしまいます。
音質=QOLの向上>予算オーバーの図式。

そんな僕なのに、実はもう一年くらい片耳だけほぼ聞こえなくなったイヤホンを使い続けている最悪な状態にいます。
何でかといえば、「新しいのを買うお金が無いから」に尽きるんですが。
実に屈辱的な一年弱でした。

そう、「でした」。過去形なのです。なんと!先日!聞こえてなかった方のイヤホンが聞こえるようになったのです!
もう、テンション爆上がり。少し早いクリスマスプレゼントでしょうか。
ありがとう、音質の神さま。

というイヤホンの話でしたが、余談を一点。
昔は「オーディオと言ったら低音ブリブリ言ってなきゃ!」と思ってたんですが、ここ数年DJで使うようなクラブミュージック以外の曲を聞く割合が増えてきたのに合わせて、「やっぱ高音の伸びじゃね?いや、全体のバランスじゃね?」と考えを改めるように。

そんな高音が美しく出力されるイヤホンで聴きたいのは、繊細な音が散りばめられてる、ジャズ。

ジャズといえば、この連載シリーズ第1回でもニーナ・シモンをご紹介しましたが、あれは純ジャズというより、少しポップスも取り込んだ、言うなればミクスチャー・ジャズ。(こんな呼び方あるのかな)

というわけで、今回はジャズにまつわるご紹介。
でも、ジャズというジャンルを紹介すると、おそらく5回くらいに分けて書かないといけないので、今回はジャズの巨人をお一方ご紹介します。

今回のDJ NOAH VADER’s RECOMMEND!!!

Chet Baker – “I Never Been In Love Before”

し、染みる…。心に染みるぜぇ…。

この曲、ジャズの名曲にありがちなミュージカル曲が元ネタ。
1950年の初演から、様々な歌手によって歌われています。たとえば、フランク・シナトラにも。

そんな曲を、チェット・ベイカーも自身のボーカルデビューアルバム『Chet Baker Sings』にて収録しているのです。

この曲のタイトルは、和訳すればお分かりの通り、今まで一度も恋をしたことの無い人の歌。

「今まで一度も恋をしたことがないんだ。でもいつのまにか貴方が側にいる。永遠に貴方なんだ。
でも、俺は一度も恋をしたことがないはずなんだ。だからおかしいんだ。自分の中にアホらしい唄が溢れてくるんだ(恋の歌でしょうねぇ)。」

という、ウブな人の初恋に対するムズムズ感とどうして良いのかイマイチよく分かってない甘酸っぱい感じを歌った歌なのです。

では、この曲を甘くか細い声で歌い上げたチェット・ベイカーはどうだったんでしょうか?
少し見てみましょう。

チェットは、1929年にオクラホマ州で誕生してからしばらくそこに住み、11歳の頃にロサンゼルス郊外に移住します。
その後彼は聖歌隊に入り、同時に父親も音楽好きだった為、トロンボーンを買い与えられます。
しかし彼が最終的に選んだのはトランペットでした。

その後、17歳になったチェットに運命の出会いが訪れます。
徴兵により、軍の音楽隊に配属された彼ですが、駐屯先で同じくトランペット奏者の大先輩、ディジー・ガレスピーの演奏をレコードで聞き、衝撃を受けるのです。

今までずっと独学で演奏法を学んできたチェットはこの時始めて音楽を人から学ぶために音楽学校に入り、その後また軍の音楽隊に戻り、実践を通じて、トランペット演奏法を自分のものにして、ついにプロデビューを果たします。

それからはぐんぐん成長です。
かの有名なビバップジャズの創始者チャーリーパーカーと共演するわ、彼が演奏した時に編み出した、バンドの中にピアノを入れずに構成したバンド構成が好評を獲るわ、ジャズ戦国時代にジャズ専門誌が行う審査で新人賞を受賞するわ、雑誌『タイム』にも掲載されるわ。もうイケイケ。

顔写真も見ていただけたらお分かりになるんですが、ルックスもハンサムで、女子のファンがわんさか出てきます。

何が「一度も恋したことない」や!モテモテやんけ!

そんな時期に、上でご紹介した『Chet Baker Sings』をリリース。バカ売れ。高い人気と名声を得るのです。

しかし、そんなイケイケの彼に挫折が出始めます。
当時の音楽界、特にジャズの界隈では、ヘロインをやっていない人はいないと言うくらい麻薬常習者が多くいました。
彼も例外ではありませんでした。

そんな状態なので世の中の風当たりも気にして、アメリカでのツアーは出来なくなり、やむなくヨーロッパへ遠征に行きます。

ところが、28歳の時についに薬物中毒の為、療養所に入院。30歳で逮捕。35歳で2度目の逮捕。
40歳の時に、薬物絡みのトラブルにより暴漢に襲われて、トランペッター奏者としては最大の致命傷である、前歯を折られる事件も起こります。

かつてのハンサムマスクもボコボコ。長年の薬物使用により実年齢よりも大幅に老け込み、前歯もなくトランペットもまともに吹けない。生活する術もなく生活保護で細々と生きていく。
多くの人からはもはや再起不能だろうとまで言われる始末です。

また、世の中では彼の特徴である甘く中性的な声を高く評価していましたが、彼の父親はそんな彼の歌声を、そのスタイルでやっていることを「女々しい」と言い放ち認めようともしなかったという逸話もあり、絶交とまでは行かなくても、親子の仲も冷えていました。

そんな状態の彼でしたが、残っていたガッツと手に入れた入れ歯により、少しずつ復帰の道を歩いていきます。
44歳の時にニューヨークのライブハウスでの演奏を皮切りに、カーネギーホールでの演奏、ヨーロッパツアーと着実に復活をジャズファン達に印象付けていきました。

また、1986年と翌年87年の2回も来日して日本でもファンもどんどん増えていきます。

入れ歯になり、前の様には力強く吹けなくなった代わりに、弱々しさと言われる事は無く、逆に、繊細な演奏が好評を得ていくのです。

まさにマイナスをプラスに変えていったのでした。

しかし、そんな復活への道を歩んでいた彼ですが、なんと1988年、オランダのホテルの窓から転落してこの世を去ります。

この死の詳しい状況は未だに解明されていません。
ただ、一点だけ判明していることがあります。そのホテルの彼の部屋には、ヘロインが残されていました。

薬物によって狂わされた人生は薬物によって終わりを迎えたのでした。

チェット・ベイカーについて、ジャズ愛好家として知られている作家の村上春樹は過去このように語っています。

「チェット・ベイカーの音楽には、紛れもない“青春”の匂いがする。」

(引用元:村上春樹,和田誠著『ポートレート・イン・ジャズ』新潮文庫)

事実、40代半ばからもう一度一念発起した事はあったとしても、彼が一番ジャズに真摯に打ち込み、ジャズを作り出し、ジャズの中で生きたのは、青春時代の事でした。

その時に生まれた音楽から若者の若々しさや青春を感じるのはごく自然な事なのかもしれませんが、その後の演奏からも、“青春”の匂いがするのは、彼が演奏の時、自分が一番ジャズと向き合ってたあの頃を思い出していたからなのかもしれませんね。

今回はそんなジャズ黄金期を駆け抜けた巨人をご紹介しました。

上で再三ご紹介した『Chet Baker Sings』はジャズファンの間でも、今でも名盤として語られています。

「シング」の通り、どれも歌物なので、ジャズに馴染みのない方にとっても聴きやすく、これから聴いてみたいという方にオススメします。

チェット・ベイカー・シングス
https://www.amazon.co.jp/dp/B01K24FIDM/ref=cm_sw_r_cp_api_i_Qv5bCbJTXGB8D

最後にこのアルバムからもう一曲ご紹介。

Chet Baker – “I Fall In Love Too Easily”

それでは皆さん、良い音楽生活を。

Text by : ライス趙 ノア