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馬糞系ナースの生きる道 #02「生きる道、真っ只中」

#02 生きる道、真っ只中

どうも!ウンコのはるかです。
違う、馬糞系ナースのはるかです!

前回は、わたしの代名詞(?)でもある、ばふんペーパーの誕生話で、終わってしまっていました(・・;) 今回はその続きを。

新たなお土産品としてばふんペーパーは、作り手も売り手もやりがいのある仕事で、みんな笑顔、わたしも笑顔で日々が過ぎて行きました。

そんな毎日を過ごして、方向性も見えてきたさなか…

2017年8月のある日の夜、突然の胸痛、そして動悸と息苦しさで目が覚めました。

翌朝には胸痛は残っていたものの、仕事ができそうだったので、いつもどおり仕事をしていました。
でも、動くと冷や汗が止まらなくて、脈を測ると40回/分 くらいしかなかったので、なんかおかしいなと思って、仕事を早く切り上げて近くの診療所に行きました。

これは、すぐに札幌の救急病院でみてもらわないと!!と先生がおっしゃって、
乗ってきた自分の車を残して、自宅にも戻れず、救急車で札幌に向かいました。
3時間かけて。長かった…。

ついた頃にはもう夜で、精密検査は翌日以降にすることに。
心電図的に放っておけない状態で、肺に水もたまっていたので、利尿剤を投与してしばらく入院することになりました。

検査の結果、拡張型心筋症で、重症心不全になっていることがわかりました。もうすでにかなり進行した状態でした。この先、生き延びる道は、心臓移植しかないと説明されました。

心臓を強制的に動かす点滴で様子をみていましたが、回復の兆しがみえなかったので、移植希望登録の準備ができる病院へ転院しました。

しかし、心臓移植待機生活は5年以上続くため、このまま自分の心臓で頑張り続けることは難しく、補助人工心臓(VAD)をつけて生活しなければいけない。VADが装着できる条件は、家族がいる場所で24時間誰かの目が行き届くところで生活しなければいけないといことでした。

縁もゆかりもない北海道へ単身で来た私は、家族がいる大阪に戻るしか生きる道がありませんでした。
好きで北海道に行ったのに、病気になったから家族の元でお世話になります。っていう勝手が、心臓移植を望む人間として果たして許されるのか、
自分がやりはじめた仕事を、自分の病気のせいでストップさせてしまって、多くの人たちの笑顔をなくさせてしまった人間に、生きる価値があるのか、
私がそもそも、脳死になった方の臓器をいただく価値のある人間なのか、
とても悩みました。

入院中、移植について悩んでいるときにも、たくさんの人がお見舞いに来てくれました。
みんな、こう応援してくれました。

「元気に動けるようになったら、また活動してくれたらいいんだから。」
「また活動できるようになって、どんどん笑顔の輪を広げてもらえるのを待っているから。」
「生きてさえいれば、少しずつでも前に進むはずだから。」

移植を受ける価値がある人間であるかそうでないかは、自分が決めるのではなくて、
周りが認めてくれること。

そう気づきました。

だからこれからは、私は周りが認めてくれるように生きていこう。
そう決心して、移植希望登録をすることに決めました。

登録するためには大阪に戻らなけらばならいけないのですが、点滴がついているので、一般の旅客機には乗れません。
北海道には「メディカルジェット」という体制があり、今いる病院から離れた場所で治療を受ける必要がある患者を小型機で搬送してくれるのです。ありがたく、その制度を利用させていただいて、大阪にたどりつきました。無事移植登録が完了し、手術をして補助人工心臓(VAD)
を装着しました。

術後も辛い日々もありましたが、リハビリして在宅で療養できるくらいに回復し、2018年の4月に退院しました。

退院後は、少しずつ外出の時間をのばしていき、何度か入退院を繰り返しましたが、体力もかなり戻ってきました。倒れる前からずっと重だるかった体が、今では嘘のように軽く感じて活動も活発にできるようになってきました。

VADの行動制限上、飛行機や船には乗れず、対応できる病院から2時間の範囲内での移動に限られるため、北海道に今すぐ戻ることはできませんが、協力隊や馬の縁のおかげで淡路島からばふんペーパーを復活させることが決まりました。2018年10月に試作会、11月にワークショップを開催し、ばふんペーパーづくりが息を吹き返し始めています。

淡路島の地から、人と馬の縁で少しずつ進めて行って、北海道へ再びばふんペーパー作りがたどりつくことを願って、現在奮闘中です。

ウブマグでは、そんな私の日常のできごとを発信していきたいと考えています。

わたしと同じ心筋症で闘っている人たち、さまざまな臓器の移植待機をしている人たちに、少しでも生きる希望を持ってもらえたら幸いです。
また、今まで移植医療についてあまり知らなかった人たちに、一人でも多く興味をもって知ってもらう機会をつくりたいと、わたしのような移植待機者はみんな思っているので、その一助になれたらいいな、とも思っています。

これから、読者の皆様、お付き合いよろしくおねがいします!!

(自己紹介、やっと終わり!)

Text by : 辰巳 遥
DCMナースはるか。2017年に29歳で拡張型心筋症を発症し、現在補助人工心臓を装着しながら、心臓移植待機生活をしている。
移植待機者とは思えないくらいのActive Action, Active Mindをモットーに、ばふんペーパープロジェクト、コミュニティナースの活動を中心に毎日を生きている。