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ケツの穴を太陽に?!社会のケツの穴を広げるNPOスウィングのお話

こんにちは!
「若者がFを叫ぶ」で連載をさせていただいています、ひなたです。
 
 
 

 
 
 
今回なんと!
ウブマグのインタビュアーとして
京都府上賀茂に事務所を構える福祉施設、
NPO法人スウィングさんの取材に行ってきました!
  
 
 
 
スウィングさんは2006年に京都の上賀茂に設立された障がい福祉のNPOです。
ゴミブルーという戦隊の格好をして清掃活動を行う「ゴミコロリ」
絵画・詩・コラージュといった芸術活動を行う「オレたちひょうげん族」
超人的記憶力を生かした京都人力交通案内「アナタの行き先、教えます。」
など、既存の概念や世の中に偏在する「べき」や「ねば」といった
「まとも」を揺るがす活動をされています。
   
 
 

※正確には・・・
スウィングさんは法的には就労支援施設ではありません。
4月から生活介護事業に一本化しており、これも
「生活をたすけるって、排泄とか歩行とか部分的な介助ではなくって、
生活根こそぎだよな」という考えのもと、だそうです。
また、生活介護は創作活動をしてもしなくてもいい、生産活動をしてもしなくてもいい、
といった感じでかなり自由度の高い事業体でもあります。
  
 
 
 
 
スウィングさんのブログや過去のインタビュー記事、
代表の木ノ戸昌幸さんが執筆された著書「まともがゆれる」に
綴られている言葉1つ1つに「???」となるんです。
 

 
 
 
 
例えば

「ケツの穴を太陽に」

「ダメが仕事なんだ」

「OYSS!(O=面白いこと・Y=役に立つこと・S=したり・Sしなかったり)

「ダメがダメを救っていく」
 
 
 
 
う、何なんだこれは????
 
 
 
 
・・・ということで代表の木ノ戸さんにお話を伺ってきました!
 
 
 
 
天下一品さんの敷地内を進んでいくと・・・

スウィングカー発見!

入り口付近までお邪魔すると3人の職員さんが「いらっしゃい」とお出迎え。
同時に我先にと自己紹介をしてくださいました(笑
 
 
 
初取材で緊張の私もほっこり。
代表の木ノ戸さんのいらっしゃるお部屋までご案内いただきました!
ありがとうございます・・・・

 
 
 
事前に取材時の議題について相談させていただいていた際に
木ノ戸さんからご提案いただきました。
「私から提案できるのは“っぽいものがソレ”ですね」
とご提案いただき・・・「????」となりました。詳しく伺ってみましょう!
  

 
 

「っぽいものがソレ」が本物??


木ノ戸さん
最近、「っぽいものがソレ」という言葉を見つけたんです。前からあった違和感が言語化できた、という所ですね。
ひなた
「〇〇っぽいものが××」の××に当たる部分は〇〇と同義なのでは?という仮説ですね。
木ノ戸さん
そうですね〜。例えばサザエさん。サザエさん一家のような2世帯の家族が「いわゆる家族だ」と日本人の共通認識として刷り込まれているんですね。でも、もう、そういうのはとっくに綻びが出始めている、みんなそのことをを知りながら、新しい段階に行けていない、と思うんです。
ひなた
確かに、いわゆる「家族」像って私の中にも植えつけられてます
・・・
木ノ戸さん
そこで拡張家族だとか、新しい形を作り始めている人はいるんですけど、それはまだ「家族っぽい」という認識なんですね。法律とか制度で規定された家族ではない、と。でも、その「っぽいもの」が「ソレなんだ」と言えるんじゃないのかな、と思ってます。
ひなた
・・・(定義とか規定とか、既存の言葉で表せないようなことが偏在してる、うん、確かに・・・っぽいものがソレ、ってそういうことか・・・)
木ノ戸さん
これから必要な最先端のモノは言葉として普及していないし、辞書にも載っていないものなんですよ。それはアートとか福祉とか、ほかのジャンルにも言えることで。アートの最前線にいる人は、今まで誰もやってこなかったことをしているはずだから、もはやアートかどうかもわからないんですよね。試み自体がアートだったりするし、「これはアートだ」と言えてしまうものはもう古い、という感じがしますね。
ひなた
残像とよく似ていますね、残像として見えているものは過去のもので、本物はもっと先にあるけど見えない。
木ノ戸さん
そうですね、古いものが「アートではない」というわけではないんですが、まだ何とも説明がつかないもの、そっちの方に今の時代や社会が醸成するものが詰まってると思うんですよ。
木ノ戸さん
逆にいうと、っぽいものがソレなんだけど、「アートとはこういうもの」「福祉とはこういうこと」という規定値がある故に逃れられなくてしんどい、という社会でもあると思うんですね。
ひなた
だから、「揺れ続ける」とか「ケツの穴を太陽に(社会の器を広げる、の意)」とか、繊細なニュアンスを汲める表現をされるんですね。そうして少しでも生きづらい社会を変えよう、と。
木ノ戸さん
そうですね〜、生きづらさ、というものだけではないんですけど、今までのやり方とか言葉が規定するものだけではもう持たない。という切実性のある話だと思いますね。
 
 
 
 

〜coffee break〜


 
 
 
コーヒーを持ってきてくださったのはQさんとアッキーさん。

この施設に通われているお2人、
本当に面白い方々でした。

Qさんは京都市内のバスを全て把握されていて
「帰りに水族館行きたいです」と言ったら
即ルートを教えてくださいました。
「京都人力交通案内」という活動をされているらしいです。

アッキーさんは名刺を相手に取らせるスタイル。
「アッキーと言います」と言って名刺の入った箱を
スッと出してくださいました(笑)斬新です。
  

 
このcoffee breakのワンシーンがスウィングさんの謳う
「ギリギリアウトをセーフに」を体現している出来事でした・・・

 
次章で詳しく!
 
 
 
 

ギリギリアウトをセーフにするプロセス


スウィングさんの取り組みのひとつに
「ゴミコロリ」というものがあります。
情緒深い上賀茂の街中を戦隊の格好をして
ゴミ拾いして回る、というもの。

2008年から始まり、10年以上の歴史ある取り組みです。
最初はスウィングの中でも乗り気な人は少数派。

いざゴミ拾いを始めるも職質されることも
世間的には「アウト」だったようですが
今では一つの風景として認知されているそう。

これはギリギリアウトがセーフになっているわかりやすい例。
このような「アウト→セーフ」の変換が日常的に行われているのか、
木ノ戸さんに尋ねてみました!

ひなた
ギリギリアウトをセーフにするための「スウィング内の暗黙のルール」はありますか?
木ノ戸さん
ありますね。ルールとは逆になるのかな、最近みんなに「寝よう」と言ってます。眠くなるのは仕方ないことだから、少し寝て、スッキリしてやったほうがいいんです。これはみんなわかってるはずなんですけど、「仕事中は寝てはいけない」という規定概念によって中々寝ることができない。だから「寝ましょう」というルールを作りました。
ひなた
寝ましょう!笑
木ノ戸さん
そうすると、慣れてきて抵抗なく寝る人もいるんですけど、中には罪悪感が拭えずに寝まいと頑張る人もいるんです。寝てもいいとは知っていたとしても。
ひなた
ははは。なんとなく、気持ちわかります。笑
木ノ戸さん
あそこの机でいつも絵を描いている人は真面目なので、寝ていいとわかっていても中々ベッドで堂々と寝られずに眠気と戦っているんですね、なのでこの前私はこれをプレゼントしました。これを頭に敷いてもらって、座ったまま寝たら?ということですね。

▲木ノ戸さんがプレゼントした机に置くタイプの控えめな枕
ひなた
・・・(うっ、めっちゃエエ人・・・)
木ノ戸さん
なんでね、寝方も人それぞれ、寝たい寝方で寝ればいい、と、そういうことですね。
木ノ戸さん
あ、さっきのアッキーの名刺の渡し方とかもそうですよね。ちゃんとした名刺の渡し方とか教えがちになっちゃうけど、いきなりケース出して「自分でとってください」のが面白いやんか、せっかくアッキーが思いついたやり方なんだから、面白いままにしておく、というかね。普通に考えたら、名刺を相手に取らせるなんて失礼なことなんだけど、そういうのも、セーフにしよ、っていうね。
ひなた
すごく繋がってきました。人に説明する「ギリギリアウトをセーフに」はゴミコロリの取り組みがわかりやすいですが、より身近な日常の一部に落としこまれると趣深いものになりますね。
 
 
 

木ノ戸さんの仕事観、そして実践


木ノ戸さん
人間が働くとか、仕事をするにあたって、他者はいるかな。やっぱり、誰かがいるってことはその他者からなんらかの働きかけを受ける訳じゃないですか。例えば、いま彼寝ていますけど、我々は「彼は寝ているな」という雰囲気を感じ取って、働きかけを受けている訳なんです。
ひなた
例え寝てたとしても、その存在が働きかけを生んでいる・・・。
木ノ戸さん
なので彼はもう働いているんだ、と。まぁ、そこまで自分の中で働くということのハードルを落としているんです。でもこういう出発点から、いかに説得力のある実践に結びつけていくかということは、いつも必要だと思っています。ここからまた何かの形にしてデザインしていく。
ひなた
なるほど。かなり抽象度の高いお話だと思うんですけど、現実に落とすまでのマインドフローを教えてください。
木ノ戸さん
考え方とかコンセプトがそれだけで終わってしまうのは妄想だし、説得力もない。けど、自分の気持ちとか考え方を伝えたい、という気持ちがあれば自ずと出口は見えてくると思うんですよ。
ひなた
人が周りにいれば、旗を振るだけでそれに共感した人が乗っかってきてくれますもんね。
木ノ戸さん
自分の中のディレクションを持つことで必要な人や物が集まって来るんですね。逆に軸がないと中身がないスカスカなものになってしまいますから。
ひなた
そうですね、ディレクションは意識的に持つというより経験から醸成されるものという感じがするので中々体現するのは難しいですよね。
木ノ戸さん
そうそう、自分の軸になってくるモノっていうのは「〜したい、〜したい」みたいなそういう「want」くらいのものではなく「ねばならない」くらいの強度が説得力のある形になっていくんではないかと思います。「ねば」という言葉は嫌ってはいるんですけど(笑)必然性、切実性の有無ですね。
ひなた
はぁ〜、なるほど。強要の意を含まないmust、必然性の意を含むwant・・・中々難しいですね・・・
木ノ戸さん
必然性を強いることはできないしね〜
ひなた
今日お話させていただいてることのほとんどが私の語彙力ではうまく表せなかったり、最適な言葉がまだないのでは?というような感じがします。笑

▲まともがゆれるに度々登場するQさんと木ノ戸さんのツーショット。Qさんは京都人力交通案内の活動をされるなど、「切実性」「必然性」のある取り組みを体現されている素敵な方でした。
 
 
  
 

悟りエピソード


▲静粛 真剣 清潔の文字が掲げられたお部屋。
この文字とは真逆の空間が、居心地の良さを作り出しているように感じました。

木ノ戸さん
この間、悟りみたいなのがありました。〇〇君というスタッフがいて、彼はダメなわけですよ。一定期間働くとだんだんやる気がなくなっていってすごいダメなやつになる訳。一般的なダメなやつ、ね。そこで僕が「お前、最近ダメだよな」と叱る訳ですよ。
ひなた
そりゃそうなりますよね。
木ノ戸さん
そうすると次の日からまたやる気出して一生懸命仕事する、みたいなことを何年も繰り返しているんですよ。
ひなた
ははは。根気がいりますね・・・
木ノ戸さん
なんでこいつはダメなんだろう、と考えていると、さっきの話みたいに「必然性」がないんだろうし、やりたいこともないし、ということがわかった。でも、なんでやりたいこともないのにここにいるんだろうと思ったら、「居心地がいいから」だったんですね。
ひなた
いいのか悪いのか。笑
木ノ戸さん
やりたいことがない上に居心地がいいからどんどんダメになっていく。僕の指示で何かをやらせても、それには必然性がないから何にもならない。それに気づいたんですね。で、その時、「ダメでいいんだ」ということに気がつきましたね。
ひなた
そこで「ダメでいい」という答え、かなりケツの穴が太陽向いてますね。
木ノ戸さん
僕は彼にやる気を出して欲しいし、やりたいこと見つけて欲しいと思っていたし、彼自身も変わらないと、と悩んでいた訳ですね、でも、「それでいい」となった途端にお互いそうでなくなったという訳です。相変わらずムカつきますよ、適当な仕事して、でも、いいんだと思っているので。もう、ダメが仕事でいいんですよ。
ひなた
「ダメ」と「仕事」が共存する世界・・・新しい。スウィングさんがこのような新しい価値観を、どのように落とし込んでいくのか。これからも楽しみです!本日は、ありがとうございました!
  
  
 
 
 

帰り際。

Qさんが帰り道を教えてくださいました!無事、目的の京都水族館に辿りつけそうです!
 
 
 
 
 
 
 
 

「ケツの穴を太陽に」「ダメが仕事」、、、、
なんとなくお分かりいただけましたか?
 
 
 
スウィングさんは
「ケツの穴の小さな世の中」=「寛容さ、受容力や包容力に欠ける世の中」に穴をあけ、
「ダメが仕事でもいいじゃん」「寝たいときは寝ればいいじゃん」「っぽいもの、ってそれだよね」
ということを「表現」してらっしゃるのですね。

「べき」や「ねば」を壊し
「必然性」や「切実性」に素直に体を向ける姿勢、とても勉強になりました!

スウィングさんの先駆けに倣って、社会のケツの穴が徐々に広がっていくといいですね!
京都に足を運ばれた際、ゴミブルーを見かけたら是非、拝んでください。笑
 
 
 
 

最後になりましたが!
木ノ戸さん、スウィングの皆さん、ありがとうございました!

 
 
 
▼木ノ戸 昌幸(きのと まさゆき)

1977年、愛媛県生まれ。NPO法人スウィング理事長。引きこもり支援NPO、演劇、遺跡発掘、福祉施設の活動・職を経て2006年にスウィングを設立。狭い「障害福祉」の枠を超えた活動を通して、社会を変えてゆきたいと願ったり願わなかったり。
 
著書:まともがゆれる 常識をやめる「スウィング」の実験