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家なし家族のミラクルハッピーホーム:さとうみくる #02 人間関係のリハビリ

#02  「人間関係のリハビリ」  さとうみくる

  
  
  
  
 
喫煙所はホームの憩いの場のひとつである。
 
 
 
花札に興じているひとあり、窓の外をボーっと眺めている人あり、
入居者同士の他愛のない話に花を咲かせている人もあり。

大好きなタバコを片手にひとりひとりがリラックスして過ごしている。
そんな喫煙所だから、おいちゃん達の本音がポロッと飛び出すことがある。
 
 
 
その日、私が喫煙所に顔を出すとOさんがひとりソファに足を投げ出してタバコを吸っていた。
  
 
 
Oさんは2年前にホームを卒業して、近所で一人暮らしをしている。
無料定額宿泊所であるホームは『終の棲家』であることを前提としているが、
全30室のうち6室は卒業を前提とした自立支援住宅である。
 
Oさんも仕事を失って元々は路上で生活していたが、
2年前に自立支援住宅に入居してきた。

自立支援住宅では担当のボランティアさんと一緒に半年間かけて、
体調を整え、貯金を溜めて、家を探して自立するのを目標とする。
すらっとした長身で明朗かつ面倒見のよいOさんはすぐにホームに溶け込み、
みんなの兄貴分のような存在となった。
元来まじめな性格であるOさんは
順調に貯金を溜めて家を見つけて、颯爽とホームを卒業した。
  
  
  
ホーム卒業後も、Oさんは頻繁に顔を出してくれて、
その度にホームの雰囲気がパッと明るくなった。
  
現在は法人の配食スタッフとして、
各事業所にお昼のお弁当を運搬する仕事を担ってくれており、
ホームでは毎日顔を合わせる仲だ。
 
余談だが、うちの法人では元々支援していたおいちゃんが、
自立をしてボランティアや有給スタッフとして関わってくれるようになるケースも少なくない。
被支援者と支援者の垣根の低い環境を私はとても気に入っている。
 
  
 
仕事前に喫煙所でゆっくりするのがOさんの習慣だった。
他愛もない話を続けているうちに、ふと自立支援住宅時代の話になった。
 
「あれは人間関係のリハビリだったと思うよ。」
 

Oさんは続けた。
 
「路上生活をずっと続けてるとさ、人との関わり方を忘れちゃうわけよ。
誰を信じていいのか分からなくなったりさ。
そんなんだったから、ここ(ホーム)は変な奴も多いけどさ、
人間関係の築き方を思い出せたのはよかったと思うよね。」
 
 
そう言って、Oさんはわははと笑った。
 

 
確かにホームで暮らしていると、
はじめは固かったおいちゃん達の表情がどんどんとほぐれてくる。
 
Oさんもはじめは大人しくて真面目な印象だった。
でも今は、おっちょこちょいな私の行動に毎度
「ばーかやろー」と突っ込んでくれる愉快なおいちゃんだ。
 
Oさんが変わった、というよりも
ホームで過ごしているうちに本来のOさんが表に出てきたのだろう。
 
  
 
そういえば、先日の夜間パトロールで出会った現役路上生活のおいちゃんも、
Oさんと似たようなことを言っていた。
 
「自分が何なのかわからないのよ。長らく人と話していなかったから。」
 
彼はとても混乱した様子だった。
ベテランのボランティアさんが彼の支離滅裂な言葉を根気強く拾っては
「大丈夫ですよ。ちゃんと会話になっていますよ」
と話しかけて、安心させていたのがとても印象的だった。
 

  
自立支援というと「家」や「仕事」を探すことにフォーカスされがちだが、
おいちゃん達を何より支えていたのは日々のさりげない会話だった。
 
「おはよう」「調子はどう?」「すみません」「ありがとう」
 
呼吸をするように交わしている言葉たちが、私達の日常を豊かに彩っていること。
そして、そんな日常は声をかけあう相手がいるからこそ
成り立っている奇跡であることをOさんは改めて思い出させてくれた。
 
Oさんはそんな毎日を「人間関係のリハビリ」と呼んだが、
私もおいちゃん達との交流によってケアされているうちのひとりなのだと思う。
  

 
 
Text by Mikuru Sato

元ホームレスの個性豊かなおいちゃん達が暮らすミラクルハッピーホームの生活相談員。
血の繋がらない家族をつくるために日々奮闘中。