MENU

『ネウボラは子育て支援だけではない』:フィンランド子育てエアライン004

[連載] フィンランド子育てエアライン004

モイ!

フィンランドは先週からサマータイムが始まりました。
日本との時差が7時間から6時間に変わりました。
1日の日照時間がすごいスピードで長くなっています。雪は残っていますが、もう春です。

前回2回の重い話を読んで下さった方、ありがとうございました。
前編のあと後編を待っていてくださっていた方にはご期待に添えなかったと思います。
前編の続きは、いま現在も続いている人生で、まだ話の途中なのです。終わりはありません。

11月の事件の後、私たちは「ファミリーネウボラ」に行きました。
なぜ「ネウボラ」?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
今回は「ネウボラ」について少し詳しくお話します。この連載では頻出単語になると思いますので、ぜひ覚えてください。

日本ではネウボラは「子育て支援プログラム」として知られていますが、フィンランドでは「家族計画ネウボラ」「マタニティネウボラ」「こどもネウボラ」「ファミリーネウボラ」というように、ケアする対象や職員に必要とされる専門知識によってサービスが分かれています。(※名称は私が訳したものなので、他では別の名前で記載されているかもしれません。)それぞれ、「子どもがほしい家族のため」「妊婦と胎児のため」「就学前のこどものため」「家族のため」のサービスです。総合的に子どもとその家族をサポートしています。

日本で知られているのはこの内「マタニティネウボラ」と「こどもネウボラ」が合体したものです。一般的に「日本版ネウボラ」ともよばれていますが、2014年くらいから政府が取り組み始めた「切れ目のない子育て支援」のことです。

これは、「妊娠期からすべての妊婦に自治体がアプローチし、母子保健と子育て支援の施策が連携して、原則として子どもたちが小学校にあがるまで切れ目なく支えていこう、というものです。」(雑誌「都市問題」2017年4月号 榊原智子氏基調講演の記事より引用)

フィンランドでは「マタニティネウボラ」と「こどもネウボラ」については同じ施設内で同じ保健師が担当になるケースが一般的です。日本の施策はこの部分を参考にして考案されたのだと思います。

フィンランドでは妊娠するとまずネウボラに電話します。すぐに担当者が決まって最初の訪問の予約をすることができます。そこからはネウボラに言われたとおりに定期健診に通って、言われた通りのビタミン剤を飲んで、言われたとおりにエコー検査を受けて、言われたとおりに…というのを続けていると出産に至ります。産後もネウボラに指示を仰いで子どもの検診に通います。
その間は、担当の保健師さんの異動や、引っ越しなどで通っているネウボラの担当地域から出ない限り、基本的にはずっと同じ担当の保健師さんにお世話になることになります。

「フィンランド/ネウボラ」で検索するとたくさんの情報が得られますが、先週もテレビ長崎でフィンランドのネウボラが紹介されたり、3月28日の日経新聞の夕刊にもネウボラにまつわる記事が掲載されたりしました。「昨年の時点で、フィンランド発祥の子育て支援拠点&制度が525市町村で始まってるんだって。」と駐日フィンランド大使館のふぃんたんがツイートしていました(※この記事は有料で私は読んでいません)

ずいぶん期待されている施策のようです。

でも、日本で紹介されているネウボラについてあれこれ見ていると、何かおかしいな、と違和感を感じます。それは、「子育ては母親がする」という認識が前提にあることです。バックグラウンドが違うのです。この状態ではフィンランドのネウボラをそのまま日本に取り入れても根本的な問題解決にはなりません。

そもそも、日本のこの施策の背景には母親たちの不安や孤立があるそうです。
「高齢出産が増え、一方で産科医の先生が減っています。産後5日で退院し、そこから自力で育児と母体の養生に励まなければなりません。実家にも頼れない人も増えていて、子育てが始まった途端に、病院からも職場からも地域からも切り離されて、若い夫婦や母親だけで悪戦苦闘するケースが少なくない」ようです。そこで、「出産後からではなく妊娠中から手を差し伸べて支援を始めることが必要である」との気づきから、「日本版ネウボラ」が導入されました。(前述の榊原智子氏基調講演の記事参照)

フィンランドの人口は約540万人です。日本の約25分の1ですが、国土は日本よりやや小さいくらいです。ここにネウボラが約800ヶ所もあります。
フィンランドは、地球の北端の厳しい自然環境にありながら、少ない人口で、みんなで力を合わせてやっていこう!という意気込みを感じる国です。そのために大事なのが未来を支える子どもたちです。フィンランドで子どもを産むと、「ようこそフィンランドへ!」と歓迎されているのが分かります。

そして子どもにまつわる環境、保育・教育だけでなく、親・家族の肉体的・精神的な健康も国がサポートします。日本のように「子どもとその子を育てる親」という考え方ではなく、「子どもがいる家族」という捉え方でサポートをしているのだと思います。

例えば、産後の入院期間は最低48時間で3日目くらいに退院するのですが、1週間後くらいにすぐネウボラの担当の保健師さん(通称ネウボラのおばさん)が家庭訪問に訪れます。家族と家庭の状況を見るためです。
また、産前、ネウボラでは、出産について不安に思っていることや、たばこや飲酒の習慣について質問を受けます。喫煙や飲酒は胎児に影響があるだけでなく、産後の家庭内暴力などにもつながるからです。
また産後は、夫婦関係の変化や次の子どもの計画についても質問されます。もしこれ以上子どもを育てる気がなければ、避妊のためのピルの処方箋などを発行してくれます。
その他、子どもはネウボラでインフルエンザの予防接種を受けますが、一緒に住んでいる家族も同様にネウボラで受けることができたりします。

さらに、ネウボラのサービスはすべて税金で賄われているので、利用者はサービスに対して直接お金をはらう必要がありません。この安心感は日本とは大きな違いです。すべての子どもが平等なのです。

ネウボラは常に子どもだけでなく、家族全体をサポートしています。そして国が家族と一体となって子どもたちをサポートしているのです。

そいういうわけで、事件のショックで精神的に負担を抱えてしまった私たちは、家族をケアする目的の「ファミリーネウボラ」に行きました。(ここにきてようやくふりだしに戻る)
上の写真はファミリーネウボラのロビーの様子です。ここで他の家族にあったことはありません。

「ファミリーネウボラ」では心理学者やソーシャルワーカーに話を聞いてもらうことができます。
必要であれば医療従事者にも同席してもらうことができるそうです。ファミリーネウボラは話を聞いてくれただけで、効果的なアドバイスをしてくれたわけでも、睡眠薬の処方箋を書いてくれたわけでもありませんでした。これには少し拍子抜けしました。でも、間を空けず2回目に訪れた時には1回目に比べて気持ちがずいぶん軽くなっていたので、これがファミリーネウボラの効果なのかなと思いました。そして、「何かあればいつでも連絡してね」と担当者の名刺をもらって帰ってきました。これは大きな安心材料です。

私も「実家にも頼れない人」のひとりです。でも、子どもや家族に何かあればネウボラに相談すればいいという安心感が、社会との断絶や孤独感にさいなまれることを防いでいると思います。

あの頃の私たちは、ただ話す、ということが必要でした。プロのカウンセラーに「あなたたちのしたことは正しい」と言ってもらえたのは助けになりました。他にもたくさんの人と話して難しい感情をことばにして、ゆっくりと心の重みを落としていきました。

フィンランドで家庭を持ってからひしひしと感じるのが、親戚や友人や、またネウボラを含む社会組織から、自分たちを「家族」として客観的に見てもらうのは大事ということです。

そうすることで私たち自身の「家族」意識が高まり、子どもが増えて家族の形が変わったり、大きな問題にぶち当たったりしたときに、自分個人の内側に意識が集中してしまうことなく、「家族」のこととして捉えることができるのです。
子育てで孤独やストレスを感じている人がいれば、それを家族の問題として捉え、その家族を社会がサポートするというのが、フィンランドのネウボラのサービスの前提にあるスタイルなのです。

ところで、私はネウボラではフィンランド語で会話をしています。
陣痛とか胎盤とか、そんな単語は妊娠出産を通して知りました。
次回は、おもしろおかしいフィンランド語体験の話です。

では、ナハダーン!

出典:
雑誌「都市問題」2017年4月号 後藤・安田記念東京都市研究所発行
榊原智子氏の基調講演の記事
※榊原智子さんは2016年にネウボラに取材にお越しになりました。私たち家族も記事に登場しています。

テレビ長崎の特集
https://www.ktn.co.jp/program/201803_lovebaby/

日本経済新聞の記事
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO28633330X20C18A3KNTP00/

Text by : Haruka

2012年フィンランドに8ヶ月間留学し、2015年に移住
2児の子育て、デザイン、写真、買い付け、ガイド、国際交流のお手伝いなど
できることは何でもしまっせ

keywords